第3章 家庭内露出(前編)


前回、人生初の絶頂を経験した少女は、その感覚が忘れられなくなっていました。
「また、あの気持ちいいのを感じたい」
という欲求と、
「あんなこと、もうしちゃダメだ」
という理性とがごちゃ混ぜになったまま週末を迎えた彼女は、さらに一歩、露出狂への道を進んでしまうことになります。

それは、男女を問わず誰でも一度は体験したことがあるであろう、家庭内での露出行為です。

1、ホームアローン

ある調査によると、幼いころ、他に誰もいない自宅で全裸になって過ごした経験のある男女は、8割以上におよぶそうです(『性癖と性欲』土佐はるみ著、高知大津女子大学刊)。

みなさんの中にも幼稚園生のころ、あるいは小学生時代、または中学生になってから、同じような体験をしたことのある人は多いのではないでしょうか。
最近は、両親が共働きの上、一人っ子などの兄弟が少ない家庭が増えてきたため、家で1人で過ごす時間も増えてきました。
その時間を利用して、安全な家の中で服や下着を脱いでしまうのも、1種の露出行為だと考えられています。
これは、次第に成長する身体の発達や性欲に対して、その処理の方法を知らない子たちが、そのモヤモヤを発散させるために行われるものです。

これを「家庭内露出」といい、多くの場合、射精や絶頂にはいたらないまでも興奮や快感をともなうため2度、3度と繰り返してしまいます。
この家庭内露出の経験者が8割を超えるという現実は、多くの人間の心の中に「露出」へのあこがれが存在している証拠だと言えるでしょう。

▲ 両親と弟が出かけるのを見送る女子中学生。
昼間から誰もいない家で1人きりになるという状況は、誰でもワクワクするものです。

中学生になると、部活動の大会・練習が土曜・日曜にあるため、家族と外出する機会がどうしても減ってしまうものです。
また、定期考査が近づくと、例えば「翌週の月曜日から期末試験」というような週末には、やはり遊んだり外出したりすることはできないでしょう。
上の女子中学生も、定期考査を目前に控え、土日は家でしっかり勉強をすることにしました。
両親は、親戚の家で何やら用事があるそうで、小学生の弟だけを連れて出かけるところです。
普段、両親は共働きなので中学校からの下校後は、しばらく弟と2人きりで過ごしている彼女ですが、その弟もいない1人きりの状態は久しぶりです。

みなさんにも経験があることと思いますが、自宅とはいえ1人きりで昼間から過ごすとなると、妙にワクワクしたり楽しみだったりするものです。
本来なら試験勉強をするために留守番をしているのですが、そうそう朝から机に向かう気にもなれません。
しばらくリビングのソファに横になってテレビを見たり、スマホのSNSで友達とやり取りをしてしまいました。

▲ ついついソファでくつろいでいる女子中学生。
両親が出かけて1時間ほどたちましたが、なかなか勉強に取り組む気はしません。みなさんにも経験があるでしょう。

とはいえ、テレビもSNSも、そうそう何時間も暇をつぶせるものではありません。
最近買った漫画や小説はありますが、それらを読むのはいつでもできます。
今日は、せっかくのホームアローン。
たった1人で家で過ごせる1日です。
今日しかできない、1人でしかできない何かをしたいと思うのは当然のことでしょう。
実は彼女には、ずっと前からやってみたいことが1つありました。
それは、家族がいたら不可能な、絶対に1人でしかできないことです。

2、裸になりたい

日本人の女子は小さいころから、太ももや胸元などを人前で見せることは「はしたない」と教育されてきます。
ですから、ほとんどの女性は、相手が親や兄弟であったとしても、自分の裸を見られることには相当な抵抗感をもっているのです。
特に、思春期をむかえた少女は、胸のふくらみなど、少しずつ自分の身体が大人に成長していくのを自覚するようになります。
そんな「女の子」から「女」に変わろうとしている様子は、たとえ家族であっても絶対に見られたくない恥ずかしい姿なのです。

毎日の生活の中で、家の中で裸になる機会というのは、どれくらいあるのでしょうか。
朝晩の着替えなどは、シャツや下着を順番に替えていくのが普通なので、完全に全裸になるわけではありません。
すべての衣類を脱ぎさって完全に全裸になるのは、唯一、入浴時だけだと言えるでしょう。
全裸での活動が許されるのは、浴室内と脱衣場(日本では洗面所を兼ねていることが多い)だけ。
そんな姿でリビングやキッチンに全裸で堂々と姿をあらわしたりしたら、
「何やってるの、はしたない」
と叱られていまうでしょう。
つまり、これこそが、家族のいる限りは絶対にできないことであり、別の言い方をすれば、家族のいない日にしかできないことなのです。

▲ リビングで全裸になろうとしている女子中学生。
前々から考えていたことを、今日ようやく実行する気になりました。胸がドキドキしています。

今まで、1人で留守番をするチャンスが、なかったわけではありません。
しかし、幼いころからの「裸になるのは、はしたない」という教えが彼女の行動を制限してきたのです。
ところが、先日生まれて初めての絶頂を体験したことで、彼女の心に1つの変化が生まれてしまいました。
あの日以来、「裸になってみたい」という願望が日に日に強くなっていました。
定期考査前とはいえ、あえて1人で家に残りたかったのは、そんな欲望をかなえてみたいという気持ちのあらわれだったのかもしれません。

普段、絶対に着替えをしたりしないような場所。
リビングやキッチン、廊下などで服を脱いでいくことは、それだけで特別な感覚を生みだします。
シャツやタイツ、下着などが1枚1枚消え去るたびに、肌にヒンヤリとした空気が触れ、当たり前の日常とは異なる世界に踏みだしていくのです。

▲ 全裸になり、リビングの中を歩きまわる女子中学生。
誰もいないことが分かっていても、次第に興奮が高まっていきます。

全裸になった彼女は、リビングの中をうろうろと歩きまわりはじめました。
家の中には他に誰もいません。
シーンとした空気の中、聞こえるのは自分自身の心臓の鼓動だけ。
にもかかわらず、普段ならありえない場所でありえない格好をしている自分の行為を考えると、胸が締めつけられるように熱くなってきます。
それは羞恥心、つまり恥ずかしい気持ちであると同時に、こんな行為をしている自分自身を軽蔑するような不思議な感覚でもありました。

3、裸で過ごすということ

彼女は、リビングから出て廊下にすすみ、家の中を歩きまわってみました。

▲ 廊下を全裸で歩きまわる女子中学生。
普段なら絶対にありえない状況に、興奮がおさえきれません。

慣れ親しんだ自宅の廊下ですが、だからこそ、そんな場所を全裸で歩いている自分自身の行動が信じられない気分でした。
他に誰もいないのは分かっていますが、ふと扉を開けて弟が飛び出してきたり、父親が階段を下りてきたリするのではないかと想像してしまいます。
もし、そんなことになったら、何を言われるだろう・・・。
両親は、どれだけ怒るだろう。
弟は、どれだけ馬鹿にするだろう。
そんな様子を想像すると、さらに胸の奥がキュンと切なくなるような感覚に襲われます。

(こんなことをしちゃダメなのに・・・)
と、心のどこかで自制を求める声があがるのを自覚しつつ、次第に高まる熱いうねりを、さらに強く感じたいと思う自分もいます。

こんなことを考える自分は、なんてはしたないのだろう。
なんて恥ずかしい子なんだろう。
女の子なのに、なんてエッチなんだろう。
そのように自分自身を冷静に批判してもみますが、そうやって自分の情けない行動を考えれば考えるほど、キュンキュンと胸が切なく、熱くなっていくのでした。

このままでは、どうにかなってしまいそうな不安感に襲われた彼女は、できるだけ当たり前の日常生活を送ろうと考えました。
全裸のまま、リビングでテレビを眺めたり、キッチンで食事をしたりしてみたのです。

▲ 全裸で食事をする女子中学生。
当たり前の日常を送ることで、余計に興奮してしまうものです。

ところが、何をしていても頭の中には、
「わたし、裸でこんなことしているんだ」
と語りかける声が響きます。
普段ならありえない格好をして、当たり前の日常生活を送っている。
そのアンバランスを自覚すればするほど、興奮の度合いが高まり、せっかくのカレーの味もほとんど分からないほどになっていました。

▲ 台所で母の面影を思い出す女子中学生。
いつも母が働いている台所で、こんなことをしている自分に罪悪感が芽ばえます。

食後、食器をきれいに洗った彼女は、普段そこで働いている母のことを思い出しました。
そこでいま、自分は全裸でたたずんでいる。
心臓が高鳴り、息をするのも苦しくなってきました。